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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)4060号 判決 1988年3月29日

原告

興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

穂苅實

右訴訟代理人弁護士

芦苅直巳

芦苅伸幸

星川勇二

被告

破産者東京菱和自動車株式会社破産管財人

松井元一

右訴訟代理人弁護士

辻洋一

田倉栄美

主文

一  被告は、原告に対し、金三四一万三九八三円及びこれに対する昭和六〇年五月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  別紙預金目録(一)記載の預金債権が原告に帰属することを確認する。

三  別紙預金目録(三)記載の預金債権につき、原告が同目録記載の各持分を有することを確認する。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三四一万三九八三円及びこれに対する昭和五九年一二月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  主文第二項、第三項及び第五項と同旨

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 原告は、火災保険、自動車保険などを主な保険種目とする損害保険会社である。

(二) 東京菱和自動車株式会社(以下、「東京菱和」という。)は、自動車の販売・修理並びに損害保険代理業等を営業の目的とする株式会社であったが、昭和五九年一一月二二日、東京地方裁判所により破産宣告を受けた。

被告は、破産者東京菱和の破産管財人である。

2  損害保険代理店委託契約

原告は、東京菱和と損害保険代理店委託契約を締結していたところ(以下、これを「本件代理店委託契約」という。)、右契約は、東京菱和の破産宣告によって終了した。

3  預金債権

(一) 東京菱和の破産宣告時において、別紙預金目録(一)ないし(三)記載のとおりの預金債権が存在していた(以下、これらの預金を「本件預金」といい、また別紙預金目録の番号に対応して「本件預金(一)」「本件預金(二)」「本件預金(三)」という。)。

(二) 被告は、昭和五九年一二月三日、本件預金(二)の預金について、名義を被告に変更して破産財団に組み入れたうえ、内金四二〇万円の払戻しを受けた。

4  預金債権の帰属

本件預金(一)及び本件預金(三)の各預金債権(ただし、同(三)については、別紙預金目録(三)記載のとおりの持分)は、原告に帰属しており、また本件預金(二)も原告に帰属していた。すなわち、

(一) 東京菱和は、本件代理店委託契約及び保険募集の取締に関する法律(以下、「募取法」という。)第一二条、同法施行規則第五条の規定に従い、領収した保険料を原告に引渡すまでの間、これを自己の財産と明確に区分して保管するため、専用口座を設けていた。この専用口座の名義は、代理店主名の肩に所属保険会社名を記載しなければならないものとされており、同規則第六条の規定によれば、代理店が専用口座から金銭を引き出すことのできる場合は、①保険会社に送金する場合、②保険契約者に保険料を返戻する場合、③代理店の受けるべき手数料・報酬等に充てる場合、④利息を払い戻す場合、⑤その他保険会社の指示による場合に限られている。したがって、専用口座に対する支配権は完全に保険会社が有しており、代理店は右口座の単なる保管者にすぎない。

(二) 本件預金(一)ないし(三)は、東京菱和が右の趣旨に基づいて、原告の代理人として各銀行との間で開設した専用口座であって、本件預金(一)及び(二)の口座名として東京菱和の肩に記載されている「興和火災海上保険株式会社代理店」なる記載は、これが東京菱和の財産と区分された、原告に帰属する預金であることを示しており、また本件預金(三)の口座名として東京菱和の肩に記載されている「損害保険代理店勘定(火災・新種口)」なる記載は、いわゆる乗合保険として、数社の保険会社に帰属する預金で、東京菱和の財産と区分されたものであることを示している。

(三) 本件預金(一)及び(二)の原資は、東京菱和が本件代理店委託契約に基づき、原告の代理人として損害保険契約を締結し、その保険契約者から収受した保険料である。この保険料は、東京菱和が原告の代理人として収受したものであるから、原告に帰属しており、東京菱和は一瞬たりとも、自由に処分し、あるいはその表象する価値を自己に帰属させることはできない。

また本件預金(三)の原資は、東京菱和が原告及び原告と同様に損害保険代理店契約を締結していた損害保険会社二社の各代理人として、右と同様保険契約者から収受した保険料を一括預け入れたもので(いわゆる乗合口座)、原告は右損害保険会社二社と預金債権を準共有しており、原告の持分の割合は別紙預金(三)記載のとおりである。

(四) 仮に、東京菱和が本件口座に預け入れていた金銭が保険料そのものではなく、保険契約者からの保険料の支払いがないのに、東京菱和の別の預金口座から保険料相当額を本件預金口座に振り替えたものが含まれていたとしても、これが原告に帰属することには変りがない。すなわち、そのような場合は、東京菱和が、保険契約者との間の立替払契約に基づいて、保険料を本件預金へ振替入金していたにすぎず、本件預金の原資は、あくまでも保険料である。このことは、従来、東京菱和が原告に対し、保険契約者から保険料を振替日付に領収した旨報告していた事実、同日をもって保険責任の開始日と取り扱っていた事実及び被告が未回収保険料相当金(代位弁済金の請求金)を破産財団に属することを前提に回収している事実からも明らかである。

5  しかるに被告は、本件預金(一)ないし(三)の預金債権が破産財団に属すると主張し、これが原告に帰属することを争っている。

6  本件預金(二)にかかる財団債権

(一) 原告は、被告が本件預金(二)を被告名義とし、かつその内金四二〇万円を払い戻したことにより、財団債権(破産法第四七条第五号)として、右預金額と同額の不当利得返還請求権を取得した。

(二) 原告は、東京菱和の破産宣告当時、同会社に対し、金五三万四五七五円の破産債権を有していた。

(三) 他方、原告は、右当時東京菱和に対し、手数料債務など合計金一三三万〇〇四二円の債務を負担していた。

(四) 原告は、昭和六〇年四月九日、被告に対し、右(二)の破産債権及び(一)の財団債権の内金七九万五四六七円の合計金額一三三万〇〇四二円と被告の有する(三)の債権とを対当額において相殺する旨の意思表示を行った。

(五) したがって、(一)の財団債権の額は、金三四一万三九八三円になった。

よって、原告は、被告に対し、本件預金(二)にかかる財団債権の残金三四一万三九八三円及びこれに対する右預金の名義変更と払戻日の翌日である昭和五九年一二月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払い、並びに本件預金(一)の預金債権が原告に帰属すること及び本件預金(三)の預金債権のうち、原告が別紙預金目録(三)記載の持分を有することの確認をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の冒頭の主張は争う。

(一) 同4(一)の事実中、東京菱和が募取法の規定に基づいて保険料を保管するための専用口座を開設していたこと、同法施行規則には預金の運用についての規制がなされていることは認めるが、その余は否認する。右のような規制は、預金そのものは代理店に帰属することを前提として、その処分を制限した行政法規であって、逆に保険会社がこの預金を自由に引き出すことを認めた規定もない。したがって、これらの規制を根拠として、保険会社に本件預金の完全な支配権があるということはできない。

(二) 同4(二)の事実中、本件預金は、東京菱和が保険料を保管するための専用口座として開設したものであること、各預金の口座名に主張のような記載があることは認めるが、その余は否認する。右の記載は、単なる肩書にすぎない。

(三) 同4(三)の事実中、東京菱和が保険料を受領したことは事実であるが、その余は否認する。東京菱和としては、本件代理店委託契約に基づき、受領した保険料を原告に納付(引渡)すべき義務はあるが、納付するまでは東京菱和の財産を構成するのであって、原告は東京菱和に対し、右保険料額から東京菱和が取得すべき手数料を差し引いた金員の支払請求権を有するにすぎない。

(四) 同4(四)の事実中、東京菱和が自己の預金から保険料相当額を本件預金に振り替えていたこと認めるが、主張は争う。

東京菱和は、保険契約者から保険の申込があった場合、本来は、申込を承諾すると同時に保険料を徴収するのであるが、実際は、申込を受けると、保険開始日の三日ぐらい前までに、東京菱和の固有の預金から本件預金に保険料相当額を振替入金し、毎月一回代理店手数料を控除した残額を原告の指定口座に振込送金していた。そして、立て替えた保険料は、保険契約者であるユーザーに対する売掛金として計上する処理をした後、保険契約者から回収していた。東京菱和の破産宣告当時、本件預金に振替処理し、保険契約者から回収していない保険料金額は、別紙未回収保険料一覧表記載のとおり、他の損害保険会社二社を含めて合計二四一一万九六九五円であり、そのうち、原告が保険者となっている分は、少なくとも二三九万七八〇〇円である。

なお被告は、右保険料の回収義務を継続して行っているが、昭和六一年一月末日現在、一六四万三三九〇円が未回収である。

3  請求原因5の事実は認める。

4  同6の事実中、(二)ないし(四)の事実は認め、その余は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が損害保険会社であり、東京菱和は自動車の販売・修理、損害保険代理業を営む株式会社であるが、昭和五九年一一月二二日東京地方裁判所により破産宣告を受け、被告が東京菱和の破産管財人であること(請求原因1)、原告と東京菱和間に本件代理店委託契約が締結されていたが、東京菱和の破産宣告によって終了したこと(同2)、東京菱和の破産宣告当時、本件預金(一)ないし(三)が存在していたが、被告が昭和五九年一二月三日本件預金(二)の預金について名義を被告に変更したうえ、内金四二〇万円を払い戻したこと(同3)、以上の事実は当事者間に争いがない。

二本件預金の帰属について判断する。

1  募取法等による規制

募取法第一二条第一項は、「損害保険代理店は、所属保険会社のために収受した保険料を保管する場合においては、自己の財産と明確に区分しなければならない。」と規定し、同条第二項の規定を受けた同法施行規則第五条第一項は、「損害保険代理店は、所属保険会社のために保険料を収受したときは、遅滞なく、これを所属保険会社に送金し、又はこれを郵便官署銀行若しくは貯金の受入をなす機関に預入しなければならない。」としている。そして、この預金又は貯金は、「当該保険代理店の有するその他の預金又は貯金と別口座としなければならない。」(同規則第五条第三項)とされ、かつこれを使用し得る場合は、①保険会社に送金する場合、②保険契約者に保険料を返戻する場合、③代理店の受けるべき手数料・報酬等に充てる場合、④利息を払い戻す場合、⑤その他保険会社の指示による場合に制限されている(同規則第六条)。また、代理店は、所属保険会社のため収受した保険料等につき、収支明細表を備え置かなければならないものとされている(同規則第七条)。

2  本件代理店委託契約における保険料の領収及び保管方法と本件預金

前記争いのない事実に<証拠>によれば、本件代理店委託契約は、東京菱和が昭和三八年五月二七日、原告の委託を受け、自動車保険について、原告を代理して保険契約の締結、保険料の領収、領収証・保険証券の発行及び交付等を行うこと等を内容として締結されたものであり、その後保険の種類は、昭和四三年二月一三日に火災保険が、昭和四九年七月二五日に傷害保険などがそれぞれ追加されたものであるところ、右契約には、①代理店は、保険契約を締結した場合、直ちに原告に報告するとともに、保険料は特約のない限り保険契約の締結と同時に全額を領収しなければならず、保険料を領収した後でなければ、保険料領収証または保険証券を保険契約者に交付してはならないこと、②代理店が領収した保険料は、募取法の規定に従い、原告に納付するまでは、代理店の固有の財産と明確に区分して保管し、他に流用してはならず、定められた代理店手数料を控除した残額を、遅滞なく原告に納付(精算)しなければならないこと、③精算は、原告の承認がある場合、毎月ごとに締切日を設ける方法ですることができること、等の条項が置かれており、社団法人日本損害保険協会の事務処理規定では、代理店が保険料を保管するためには、自己の財産と明確に区別した別途預貯金口座を開設し、その別口座の名義は、店主名の肩に「○○保険株式会社代理店」のように所属保険会社名を記載するか、乗合代理店の場合は「損害保険代理店勘定」と記載すべきものとされていることが認められる。

本件預金が、以上の募取法及び同法施行規則の規定並びに本件代理店委託契約の条項に則り、東京菱和が開設した保険料保管のための専用口座であることは当事者間に争いがない。本件預金の口座名に記載された「興亜火災海上保険株式会社代理店」又は「損害保険代理店勘定(火災・新種口)」なる名称は、右日本損害保険協会の規定に則ったものである。

3  保険料の領収、保管、送金の実際

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  保険契約の申込から原告への保険料の送金まで

(1) 東京菱和は、三菱自工が大株主であり、一〇箇所の営業所で三菱自動車を販売するディーラーとして、自動車保険、火災保険、ゴルフ保険などを扱っていた。

(2) 保険の申込は、通常各営業所でセールスマンがこれを受け、保険申込書を作成して、東京菱和本社の保険課に送付する。

(3) 保険課では、申込書を点検し、計上原書、収支明細表等に記帳したうえ、原告名義の保険料領収証を作成してセールスマンに、契約報告書を作成して原告にそれぞれ送付する。同時に預金の預替票を作成して、保険料の預替えを管理課に依頼する。

(4) 依頼を受けた管理課では、預替票を使って東京菱和の一般預金口座から保険料保管の専用口座に保険料相当金額を小切手で預け替える手続をする。

(5) また管理課において、原告との約定に従い、毎月末に東京菱和が取得することのできる代理店手数料を控除した金額と右専用口座から払い戻し、これを原告に送金・精算する。

(6) 他方、保険契約の申込と同時に保険契約者(ユーザー)から保険料を現実に領収する場合は、全体の三割程度であって、その余は、東京菱和の保険契約者に対する保険料相当額の売掛金として計上され(すなわち保険料としては領収された扱いとなる。)、セールスマンがこれを保険契約者から回収する。

(7) 回収した保険料ないし保険料相当の売掛金は、いったん営業所の口座に車両代、修理代などと一緒に預金され、本社が右口座から、一定時期に一定金額になると、東京菱和の一般預金口座に集める。

(二)  専用口座と収支明細票

(1) 収支明細表は、自動車保険関係のものと、それ以外の火災保険など「火災・新種口」と称するものとに別けられ、それぞれ別の帳面になっている。

(2) 前記のとおり収支明細表に保険契約申込の趣旨が記載されると、保険契約者から現実に保険料の支払いがなされたか否かにかかわらず、保険料は入金があったものとされ、その入金日が保険の開始日になっている。

(3) 昭和五九年一一月二二日の東京菱和の破産宣告当時、自動車保険は、収支明細表上、同年一〇月から一一月の未精算預金残高が五二〇万九四五〇円であり、この金額は本件預金(一)及び(二)の預金の合計金額に符合しており、また火災・新種口保険は、収支明細表上、同年一〇月及び一一月の未精算六件の保険料合計残高が四八万七九五五円であり、この金額は本件預金(三)の合計金額に符合している。

(4) このように、本件預金に東京菱和が預け入れた金員は、収支明細表上の保険料額に見合うものであって、それ以外のものを東京菱和が本件預金口座に入金したことはなく逆に本件預金口座の預金が東京菱和の資金繰り等に使われたこともない。

(三)  保険料の回収

(1) 東京菱和は、前記のとおり保険契約者が現実に保険料の支払いをしていない場合であっても、保険料相当金を専用口座に預け替え、原告との間では保険料の支払いがあったものとして扱い、保険契約者との間ではこれを売掛金として、回収して来たのであるが、東京菱和の破産宣告当時、それまで扱っていた原告、東京海上火災保険株式会社及び大東京火災海上保険株式会社の三社関係の保険料の売掛金債権額は、金五六一一万六四二五円に達していた。

(2) 被告は、破産管財人の職務として、右売掛金の回収を続けている。

なお、破産宣告以前において、右保険料相当の売掛金の回収が長期間できなかった場合、東京菱和としては、「貸倒れ」として損金処理をしたこともある。

4  本件預金の原資

前項で認定した事実によると、本件預金への入金は、保険料に対応する金額が東京菱和の一般財産から振替入金されたもので、その中には保険契約者が未だ保険料を支払っていない場合も含まれている。しかし、そのような場合でも、原告と保険契約者との関係では、保険契約者が保険料を支払ったものとして取り扱われ、原告に保険責任が生じており、東京菱和は、保険契約者に対する売掛金として保険料相当額の回収を図っていたことからすると、東京菱和は、保険契約者のため保険料を立て替えて本件預金口座に入金していたものということができる。そして、このように東京菱和が本件預金に入金したのは、保険料に対応した金額のみであって、それ以外のものは入金しておらず、預金の金額は収支明細表上の未精算保険料の額に符合している。してみると、本件預金の原資は、実質的には、保険契約者が支払い、又は東京菱和において立て替えた保険料であって、実質的には、原告がこれを出捐したのと同視し得べき金員であるということができる。

5 本件預金の権利者

以上の事実に基づいて考察するに、本件預金は、東京菱和が開設したものではあるが、東京菱和が原告に代理して保険契約者から収受した保険料を保管するための、東京菱和の一般財産から区別された専用口座であり、口座名においてもこのことが明記されていること、この専用口座からの金銭の引出しは制限されており、東京菱和においてこれを自己の資金繰り等に流用することはできず、流用した事実もないこと、実際の運用においては、本件預金は、東京菱和の一般財産から振替入金されたものではあるが、その原資は、保険料であって、実質的には原告が出捐したのと同視し得べきものであり、その額は収支明細表に記載された未精算保険料の額に対応し、明確となっていること等の事実に照らすと、本件預金は原告に帰属するものと認めるのが相当である。

もっとも、前記のとおり、東京菱和は、毎月手数料を控除した金額を原告に送金していたので、本件預金中、東京菱和が受け取ることのできる手数料額の部分については、東京菱和に帰属しているのではないか、との疑問がないわけではない。しかしながら、東京菱和が領収した保険料は、本来その全額を原告に引渡(支払)すべきであって、送金の際、代理店の手数料を控除するのは便宜的措置にすぎないと考えられるから、代理店は、保険料を送金するまでは手数料債権を原告に主張できず、したがって、未精算の状態においては、預金の全額について権利が原告に帰属するものというべきである。

また、本件預金に利息が生ずることが考えられるが、この点は後日精算すれば足りるのであって、右の認定に何ら影響を及ぼすものではない。

三以上のとおりであって、本件預金(一)及び(三)の債権は、いずれも原告に帰属しており、また、本件預金(二)も東京菱和の破産当時原告に帰属していたものであって、破産財団には属していない。

しかるに、被告が本件預金(一)ないし(三)の預金債権は東京菱和に属すると主張し、これが原告に帰属することを争っていること(請求原因5)は、当事者間に争いがない。

四本件預金(二)にかかる財団債権について

1  被告が、昭和五九年一二月三日、本件預金(二)の預金(金額四二〇万九四五〇円)につき、名義を被告に変更して、これを破産財団に組み入れたうえ、内金四二〇万円の払戻しを受けたこと(請求原因3(二))は、前記のとおり当事者間に争いがない。

しかしながら、本件預金(二)の預金債権が東京菱和に帰属していなかったことは、右に見たとおりであるから、これは、本来破産財団には属さないものを財団に組み入れたものであって、財団は法律上の原因なく右預金額相当の利得をし、原告は同額の損失を被ったことになる。よって、原告は、破産法第四七条第五号により、同額の財団債権を取得した。

2  原告が東京菱和の破産宣告当時、東京菱和に対し金五三万四五七五円の破産債権を有していたこと、他方原告はその当時東京菱和に対し手数料債務など合計金一三三万〇〇四二円の債務を負担していたこと及び原告は昭和六〇年四月九日被告に対し、右破産債権と右1の財団債権の内金七九万五四六七円との合計金一三三万〇〇四二円を自働債権とし、原告の負担する右合計金額に相当する債務とを対当額において相殺したこと(請求原因6の(二)ないし(四))は当事者間に争いがない。

そうすると、財団債権の残額は金三四一万三九八三円になる。

3  原告は、財団債権について商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金を預金の名義変更及び払戻しの日の翌日から請求している。しかし、不当利得返還請求権は期限の定めなき債権であるから、名義変更及び払戻しによって直ちに履行期が到来したとはいえない。もっとも右債務は、催告によって遅滞に陥るところ、原告は本件訴状によって催告したものと認められるから、遅延損害金は訴状送達の日の翌日であることの明らかな昭和六〇年五月二日から発生するものというべきである。

五結論

以上によれば、本訴請求は、金三四一万三九八三円及びこれに対する昭和六〇年五月二日からの年六分の割合による遅延損害金の支払い並びに本件預金(一)の債権及び本件預金(三)の債権の持分が原告に帰属することの確認を求める限度で理由があるから、これらを認容するが、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原健三郎 裁判官長野益三 裁判官舛谷保志)

別紙預金目録(一)

(1) 預金場所 百十四銀行青山支店

口座名 興亜火災海上保険株式会社代理店

東京菱和自動車株式会社

代表取締役 市川克人

預金の種類 定期預金

預金番号 〇〇一五三〇二

預金額 一〇万円

<以下、省略>

別紙預金目録(二)

預金場所 横浜銀行渋谷支店

口座名  興亜火災海上保険株式会社代理店

東京菱和自動車株式会社

代表取締役 市川克人

預金の種類 普通預金

預金番号 〇九七四一六

預金額 四二〇万九四五〇円

別紙預金目録(三)

(1) 預金場所 三菱銀行渋谷支店

口座名 損害保険代理店勘定(火災・新種口)

東京菱和自動車株式会社

代表取締役 市川克人

預金の種類 普通預金

預金番号 五六一四七一三

預金額 二〇一万四三〇五円

右預金額中、原告の保険料額

三一万五六〇五円

右預金に係る債権についての原告の持分

二〇一四三〇五分の三一五六〇五

<以下、省略>

別紙未回収保険料一覧表<省略>

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